2018年10月14日日曜日

名盤再現コンサートSONGS & FRIENDS~小坂忠『ほうろう』

小坂忠の名盤『HORO(ほうろう)』全曲再現コンサート

第1弾の荒井由実『ひこうき雲』に続く武部聡志プロデュースの名盤再現コンサート第2弾は、シンガー・ソングライター小坂忠の『ほうろう』です。

小坂忠は昨年がんの手術をして今年3月に細野晴臣のプロデュースで復活ライブを開催。その模様は『HORO 2018 Special Live』で聴くことができます。

このライブでも当時のレコーディングに参加した ティン・パン・アレーのメンバーらが集結してアルバム収録の全9曲が演奏されました。

さらに今回同じようなコンサートが開催されるのは、それだけこのアルバムが名盤として評価が高いということでしょうね。

小坂忠にとっても『HORO』は特別なアルバムで、ソロ活動を始めてどうやって歌ったらよいかが確立し始めたのがこの作品だと語っています。

キーボード奏者でもあるプロデューサーの武部聡志は、これまで松任谷由実や吉田拓郎など数多くの大物ミュージシャンに縁がある人で、『HORO』リリース当時18才だった彼は斬新なサウンドと小坂忠のボーカルに衝撃を受けて、プロミュージシャンの道を志したのだそうです。

11月26日に開催される一夜限りの再現コンサートの総合演出を担当するのは、ティン・パン・アレーのメンバーとしてアルバムの収録に参加した松任谷正隆。

その他の参加ミュージシャンは、ざっと挙げるだけでも尾崎亜美・高橋幸宏・矢野顕子・Char・吉田美奈子・屋敷豪太・後藤次利・槇原敬之・BEGINなど豪華メンバーで、さらに当日はサプライズ・ゲストも登場予定。

3月のライブではアンコールで「上を向いて歩こう」が演奏されましたが、今回はどんな曲が選ばれるんでしょうね。

『ほうろう 40th Anniversary Package』小坂忠
2枚組アニヴァーサリー・パッケージ盤
(Blu-spec CD2仕様)
Disc1:『ほうろう』(1975年1月25日発売)=2009年リマスタリング音源使用
Disc2:『HORO 2010』(2010年3月24日発売)=2010年マスタリング音源使用

ひとことで言うと、ジャケット同様小洒落たアルバムです。 収録に参加したミュージシャンたちの豪華なこと。

関連記事:「ほうろう」小坂忠 1975年




2018年9月20日木曜日

西城秀樹と芳野藤丸のデュエット「瞳の面影」

『VINTAGE~beloved tunes』SHOGUN&芳野藤丸西城秀樹とSHOGUN芳野藤丸の意外な関係

1979年にデビューしたSHOGUNは、今年の5月に急逝した西城秀樹に誘われた芳野藤丸が彼のバックバンドでギターを弾いたことから生まれたのだそうです。

 芳野藤丸がギターを始めたのは大学に入ってからで、2年後には早くもつのだヒロ・スペースBANDに加入。元々バイオリンを習っていたとは言え、よっぽど音楽的才能が優れていたんでしょうね。

さらに来日したロッド・スチュワート&フェイセズの前座を務めたジョー山中のバンドでギターを弾いているのを見た西城秀樹に誘われて、迷ったもののアイドルらしからぬロックなステージが気に入って彼のバックを務めることに。

そのヒデキのライブで芳野藤丸がギターを弾きながら彼とデュエットした曲が、フォー・シーズンズのフランキー・ヴァリが歌う「瞳の面影(My Eyes Adored You)」です。

このシーンがYouTubeにアップされていて、初めて聴いたけどいい曲ですね。独特の甘い声で歌うフランキー・ヴァリのオリジナルも聴いてみたら、これがまたいい感じでした。

細かく上下するメロディーラインの合間に入るギターのオカズは如何にもギタリスト好みで、芳野藤丸がこの曲をヒデキに勧めたとのことですが、ギターを弾いていて気持ちいいというのもあったんだろうなと思います。



ザ・フォー・シーズンズと言えばクリント・イーストウッド監督の映画『ジャージー・ボーイズ』を見たけど、なかなか面白いオススメの映画です。

街のボスの使いっ走りをするようなチンピラの集まりだったグループが、素晴らしいボーカルと曲作りの才能のあるメンバーのおかげでブレイクするもののやがて仲違いをして…というストーリー。

映画のラスト、ウキウキするような曲「Oh, What a Night」をバックにインド映画みたいに出演者全員で踊るシーンがあって、ボスを演じたクリストファー・ウォーケンもクールに踊ってました。

さて、西城秀樹のファーストアルバムにも参加した藤丸バンドがSHOGUNにつながり、バックバンドの降板を申し出た彼らをヒデキは快く送り出してくれたそうです。さすがは多くの人に愛されたスターですね。

SHOGUNは「男たちのメロディー」や松田優作主演の大人気ドラマ『探偵物語』の主題歌「Bad City」などをヒットさせてあっという間に売れましたが、事情によりあっという間に活動を休止してしまいました。

芳野藤丸と西城秀樹のエピソードは夕刊フジに掲載の【ロックレジェンド芳野藤丸 ゲキアツ!!交遊録】を読んで知ったのですが、夕刊紙がこういう特集をしてくれるのは嬉しいものですね。

昔、出張の行きにスポーツ新聞、帰りに夕刊紙を駅の売店で買って新幹線で読んだりしてましたが、若い人たちはそもそもスポーツ新聞や夕刊紙など読むこともないでしょう。

自分がネットで情報を見つけておいてこういうことを言うのもなんですが、たまには紙の媒体に触れてみるのもいいと思いますよ。


『VINTAGE~beloved tunes』SHOGUN&芳野藤丸

関連記事:「ROTATION」SHOGUN(ショーグン)1979年
関連記事:「バッド・シティ」SHOGUN 1979年




2018年9月3日月曜日

『サタデー・ナイト・フィーバー』ビー・ジーズ 1977年

サタデー・ナイト・フィーバー40周年記念盤テレビで久しぶりに見た映画『サタデー・ナイト・フィーバー』。学生のときに見に行ったはずなんですが、内容をまったく覚えていません。

要約すると、土曜の夜にナイトクラブで踊るのが生き甲斐だった若者が、ほんの少しだけ大人になるお話ですね。

1977年公開で、主演のジョン・トラボルタはもうすぐ二十歳になるという設定ですから、当時の僕と全く同じです。

映画のオープニングでリズミカルに意気揚々と歩く主人公のトニーはブルックリンのペンキ屋で働いていて、すれ違う女の子が気になるどこにでもいる若者。

とは言っても父親は失業中、ダメな自分と違って両親自慢の兄は神父を辞めて家へ戻ってくる。それなりに抱えているストレスを唯一発散できるのが、得意のダンスという訳です。

劇中でビー・ジーズが歌う『サタデー・ナイト・フィーバー』は、 今聴いても心が少し軽くなるというか、適度にウキウキするナンバーです。

颯爽と踊るジョン・トラボルタはもちろんかっこいいのですが、懐かしかったのはみな同じ振りで踊るシーンで、同級生の女の子たちが踊るところを学生のときに見たことがあります。

それだけ映画がヒットして、みんなこの曲の振り付けを知っていたということでしょうね。ダンスを踊る女の子が可愛く見えるのはたぶん万国共通なんでしょう。

昔の日本で言えば、盆踊りで浴衣を着て踊る村の娘を見初めた若者が恋に落ちるみたいな。

映画の公開から40年が経過した今年、ビー・ジーズのバリー・ギブはリンゴ・スターと共にナイトの爵位を授与されたそうで、”サー”・バリー・ギブと呼ばれることになりました。

ビー・ジーズの弟二人ロビンとモーリスは既に亡く、ソロでデビューした末弟のアンディは30歳の若さで他界しています。残された長男のバリーはきっと寂しい思いをしているんでしょうね。


『サタデー・ナイト・フィーバー』40周年記念盤
オリジナル・ムービー・サウンドトラック(Blu-ray Disc付)Limited Edition


関連記事:「ステイン・アライブ」ビー・ジーズ 1977年



2018年8月28日火曜日

吉田拓郎と中村雅俊と『半分、青い。』

吉田拓郎 From Tradikoで聴いている『吉田拓郎ラジオでナイト』。毎週楽しみにしているのですが、ベテラン・ミュージシャンのお喋りの何が面白いかっていうと、もちろん昔話です。

先週は拓郎の現夫人、女優の森下愛子と付き合うきっかけをつくってくれたのが中村雅俊だという話が出てきました。

 ちなみに最初の奥さんは六文銭の四角佳子(よすみけいこ)、2番めがアイドルで女優の浅田美代子です。森下愛子とはもう結婚して長いですから、よっぽど相性がいいんでしょうね。

さて、番組では中村雅俊の「いつか街で会ったなら」を流してましたが、やっぱりいい曲ですね。この曲については以前このブログで記事にしています。(「いつか街で会ったなら」中村雅俊 1975年

その中村雅俊が最近NHKの朝ドラ『半分、青い。』に主人公のお爺ちゃん役で出演してて、ギターの弾き語りで「あの素晴らしい愛をもう一度」を歌うシーンがあったのですが、これがまた年齢を感じさせない良い声でした。

この曲についても記事にしたことがあって、(「あの素晴しい愛をもう一度」加藤和彦と北山修 1971年) ラジオやドラマで流れる曲がブログの中で繋がってくるとなんだか嬉しくなってしまいます。

もともと朝ドラなど”絶対見ない派”だったのですが、以前たまたま実家で昼食をとっていたときに『あまちゃん』を見て以来、ちょくちょく見るようになりました。テレビを見るのは年寄りだっていうけど、あ、俺のことかなんて思ってます。

話はラジオに戻りますが、ラジオのパーソナリティとしてもキャリアの長い吉田拓郎はとにかく元気にひとりで喋る喋る。

井上陽水は体もでかいが声もでかいとか、小田和正のコンサートは女性が多くて羨ましいとか相変わらず笑わせてくれました。

そんな拓郎も現役のミュージシャンとしては大ベテランになりましたが、彼のニューアルバムが8月29日に発売されます。

なんでも「自ら厳選した究極のプレイリスト」だそうで、発売まで収録曲は明らかにされていません。大物だから許される手法だと思いますが、いったいどんな内容になっているんでしょうね。
 
『From T』吉田拓郎

追記(2018.09.07): このアルバムが初週1.2万枚を売り上げ、オリコン週間アルバムランキングで初登場10位を獲得。72歳5ヶ月は邦楽アーティスト最年長でのアルバムTOP10入りだそうです。めでたしめでたし。




2018年8月24日金曜日

老舗ライブハウス「ロフト」のお話~平野悠インタビュー

ライブハウス「ロフト」青春記先日、講談社のWEBメディア「現代ビジネス」で、面白い記事を見つけました。日本のライブハウスの草分け、「ロフト」を作った平野悠という人へのインタビュー前後編『ライブハウスを創った男』『席亭・平野悠がいま明かす「新宿ロフト・誕生秘話」』です。

平野氏は大学紛争が激しかった時代に中央大学に入学するも中退。役所や出版社での勤務を経て、たまたまジャズのレコードが100枚くらいあったことから”ジャズスナックもどき”でもやろうと始めたのが「烏山ロフト」だそうです。

あまりのレコードの少なさにお客さんが同情してロックやフォークのレコードを持ち寄るようになり、常連客には当時芸大生だった坂本龍一がいたのだとか。

そのうち「はっぴいえんど」のレコードを聴いて衝撃を受けた平野氏はライブを見られる場所がなかったことからじゃあ自分で作ろう、ということで1973年に開店したのが「西荻ロフト」。

出演者は山下洋輔トリオやシュガーベイブ、桑名正博、頭脳警察、吉田美奈子、鈴木茂に伊藤銀次など錚々たるメンバー。ただし防音設備が皆無だったので、商店街の魚屋のおじさんが包丁を持って怒鳴り込んできたことがあったそうです。

無名時代のタモリの芸に爆笑した話や、客を呼べないバンドだったサザンの桑田佳祐の才能を見抜けなかった話などその後のエピソードも興味深く、インタビュアーの細田昌志氏もよく分かった人で、大変面白い記事でした。平野氏によれば、大事なのは「コミュニケーション」とのことです。

私も東京で仕事をしているときはライブハウスへよく行きました。新宿ピットインの渡辺香津美、渋谷クロコダイルのオルケスタ・デル・ソル、六本木バランタインⅡの阿川泰子、新宿ルイードのARBなどが懐かしいです。

有名なロフトにもそのうち行こうと思っているうちに東京から地方へ転勤になってしまい、その機会は逃してしまいましたが、ロフトが開店した当時のミュージシャンたちはライブができる場所に飢えていたんでしょうね。

ライブハウス「ロフト」青春記 平野 悠




2018年8月21日火曜日

『イーグルス:グレイテスト・ヒッツ1971-1975(The Eagles: Their Greatest Hits 1971-75)』

グレイテスト・ヒッツ 1971-1975イーグルスの初期のベスト盤『イーグルス:グレイテスト・ヒッツ1971-1975(The Eagles: Their Greatest Hits 1971-75』の米国での累計販売数が3,800万枚に達して、マイケル・ジャクソンのモンスター・アルバム『スリラー』の3,300万枚を抜いて歴代第一位になったそうです。

彼らの初期のアルバム『ファースト』から『呪われた夜』まで4枚のアルバムからの選曲で、曲数は全10曲と少ないものの彼らの代名詞とも言える「Take It Easy」を始め、「Witchy Woman」「Desperado」「One Of These Nights」などこのブログでも過去に取り上げたことのある名曲揃いです。

カントリー・ロックの風味が強かった初期から、ハードな音も出すようになった時代までを追ったベスト・アルバムですが、美しいメロディーやハーモニーは一貫して変わりなく、そこがアメリカで永いあいだ支持されている理由なんだと思います。

好きだったグレン・フライが2016年に亡くなってしまったのは残念ですが、その後のツアーには彼の息子が参加したそうです。ツェッペリンの再結成コンサートには亡くなったジョン・ボーナムの息子がドラムで参加しましたが、どちらのバンドも残されたメンバーは嬉しかったでしょうね。

『グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』イーグルス




2018年8月13日月曜日

ポール・マッカートニー 2018年日本公演

エジプト・ステーション今年の10月から11月にかけてポール・マッカートニーが日本へやってきます。その名も「フレッシュン・アップ・ジャパンツアー2018」東京ドームとナゴヤドームで計3公演。彼は1942年生まれですから、今年でもう76歳。まことに元気で結構なことです。

ポールは80年にウイングスで来日したものの、ロックスターらしく(?)大麻の不法所持で逮捕勾留されるという騒ぎを起こしてライブを楽しみにしていたファンをガッカリさせてしまいました。

彼に後年インタビューした湯川れい子氏によると、ポールが留置所で「カワサキ!」とか「ホンダ!」とか数少ない知っている日本のブランドを連呼すると、他に留置されている人たちに大受けだったそうです。

2013年に久々に来日したときは、ポール・マッカートニーに会えるのはこれが最後かもしれないと会場で涙するおじさん達がたくさんいたそうですが、その感慨を吹き飛ばすかのように2015年と2017年にはまた来日して、多くのファンを喜ばせてくれました。

ツアーに先立って発売されるアルバムに収録される曲をYouTubeで聴いてみましたが、『I Don’t Know』『'Come On To Me』ともにポールらしいメロディだなと思います。

若い頃に比べるとさすがに声は少し枯れているようだけど、ライブでは水も飲まずにぶっ続けで歌うとかで、歴史に名を残すミュージシャンらしく年齢を考えれば超人的なところがあるんでしょうね。

『エジプト・ステーション SHM-CD』ポール・マッカートニー